「自分を好きになる」ってなんですか?

自己肯定感はどこからくるのか
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「自分のことが好きですか?」

そう聞かれたら、自信をもって「はい!大好きです」って言えない。

なんか心の中に引っかかるというか違和感を感じる。

表面的にはいくらでも言えるけど、心の奥底で「ちくっ」とするの。


最近「自己肯定感」ってどこからくるのかな?とふか~いところに興味があって調べまくってる。

日本で生まれ育っていると、「これが出来ていないからだめ」「苦手なところを勉強する」「平均点以下ならだめ」みたいなどうしてもマイナス評価を前提とした教育を受けてきてるから、なんでもかんでも平均点以上じゃないと「ダメ人間」みたいなレッテルを自分自身に張ってしまいがち。

そんな教育システムだけじゃなくて、親からの期待に応えようとしたり、小さいころの何気ない親の発言に「自分は十分じゃない」と思いこんでしまったり、生きてきた過程の中で「このままじゃだめなんだ」って自信を失う機会が多すぎるんじゃないのかな。なんてことを考えてしまう。


小さな成功体験を積み上げていくことで自身がついていって、そこから自己肯定感が育まれていく。

なんてことはよく本に書いてあったりするけど、そもそも、その前の段階、小さな一歩を踏み出すこと自体が自己肯定感が低すぎると難しいこともあるんじゃないのかな。なんて思うのです。

SNSやブログでの著名人の投稿が炎上したり、バッシングしたり容赦ない攻撃をする人も多いけど、羨ましいという眺望だったり、自分もなりたいけどなれないという嫉妬心がもとになっているような気がするな。

これも結局自己肯定感の低さからくるもののような気がしてならない。

ひとりひとりが、自分のことを好きになって、自分の中にあるお宝に気付いて、自分らしさを発揮したら、もっといい世の中になるのかもしれないな~なんて思う今日この頃です。


必ずしも「小さい」とは言えない成功体験はたくさん重ねてきたけど、それでも「自分を誇れるか?」「そんな自分が好きか?」に100%心を開いて「YES!!」と言い切れない自分がいる。

もっともっと深い、心の奥深くに傷ついたままで置いてけぼりにされた自分の負の感情にフタをしてしまっている。

ココロノチクッとが消えてなくなるのには、きっと深く深く仕舞い込んで、見ないようにしている傷を太陽の光でジリっと焼いてしまう。

ないことにしてしまった感情を解放してあげる必要があるんだろうな。

心のクセもね。

反射的に感じてしまう感情とかも。

そこをね、ちゃんと向き合って、癒してあげるとどうなるのかな?って実験中です。

一歩一歩ね。



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