常識という鳥かごの外で出会うモノとは?

鳥かごの外にあるもの
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「魔法使いのひとりごと」というチャンネルでラジオ配信しています。

この記事は2021/6/20に配信した内容を書き起こしたものです。

音声はこちら


夏至前のデトックス期間で大量放出

6月21日は夏至ですね。

自然界のエネルギーの節目である夏至と冬至。

夏至前は「修正」や「改善」すべきことが出てくる時期と言われていて、エネルギーが強くなると特に浄化が進むそうです。

正にこの影響を受けてなのか、この1~2か月の間に自分のネガティブなエネルギーを大量放出する出来事がたくさんありました。

その一つが先月の1週間続いた高熱

これも自分の生き方を改めて見直すきっかけ、不要なエネルギーを手放す大きな機会だったと思ってます。

他人は自分の一部

最近観たYouTubeの動画の中で 「他人は全て自分の一部」と言っていたんです。

「嫌だな」とか「なんだこの人」とか、思うことありますよね。

だけど、そんな人たちも自分の一部だと思ってみると

「あ~私の背中ってこうなってるんだ」とか

「お尻ってこうなのね」とか

「そっかそっか、自分にはこんな面があるのか」と気づくきっかけにしか過ぎない。と妙に納得したんです。

他人を通じて自分自身の嫌な面、つまりネガティブな面に気づいた時に、その側面をそのまま持っていたいのか?それとも手放すのか?の選択も自分自身。

現実で起きることは自分の内側の反映でしかないんだな、と最近はより強く感じています。

「変わりたい」だけど「怖い」

最近わたしの周りでも、変化しようとしている人がすごく多いと感じてます。

本人が意識してるにせよ、無意識であるにせよ、自分自身の中にあるネガティブに気づいて、認めて、統合して不要なものは手放して、超えていこうとしてる人がとても多い。

「変化」することはものすごく大きなエネルギーが必要だし、怖いんですよね。

自分のネガに目を向けることも勇気がいるというか、 その蓋を開けるとそこから出てくる「闇」に向き合わなきゃいけないから「抵抗」したり、変化を拒む「恐怖」が出てくる。

でもそこに目を向けて、向き合うって、自分の中に統合する。

不要な概念であれば手放すことを自分に赦す。

そうすると先に行ける。

つまり本来の自分に近づいていくんじゃないかなと思ってます。

抵抗するといつまでも「葛藤」として残ってしまい、結局どこか先の時点で大きな痛みと向き合う羽目になる。

秀逸な「かごめかごめ」の解釈

そんなことをぼんやりと思っていた時に、ふと目に留まった動画

「そうそう!」と共感するものがたくさんありました。

陰陽転じる前、つまり夏至前。

今まで、当たり前だと思い込まされていた常識という鳥かごの中にいて恐怖心に支配されて縮こまっている。

だけど 、くるりと後ろを向くと「あっ、こっちから出られる」と気づく。

でも外はどんな世界かわからないから恐怖心がやってくる。

その恐怖心を超えて外に出ると、そこには本当の自分が待っている。

という内容のことを「かごめかごめ」の歌の解釈を交えてお話しされていました。

今文字化したのは私の解釈込みなので、気にある方は元動画みてください。

元動画「”ハッピーちゃん”【htl】全てがひっくり返り本当の自分が明らかになる時」はこちら

恐怖心とワクワクは表裏一体

怖いという感情とワクワクの感情って、元はひとつの感情で、陰陽の両極なのかもねとも思ってます。

怖いって思ってたことも、その「怖さ」を超えて進んでみると「ワクワク」に変わることが多いんです。

本来の自分に向かおうとするときってやっぱり怖い。

刷り込まれた世間一般の常識から出ようとすると、変化を嫌う無意識が「恐怖心」というサインを送ってくる。

「この中にいれば安心だよ」と思いこまされ、今閉じ込められている「鳥かご」

この現実って本当かな?と疑問を持ち始めている人も多いなと感じてます。

今までの固定概念や常識が崩れ始めてるのがまさに今。

時代の変わり目をものすごく感じます。

「クルエラ」という映画を先日観て、ディズニー映画って時代の変化とものすごくリンクしているな~って思ったんです。

この話はまた次回しようと思ってます。

今日はこの辺で、では、また~

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