手痛いフィードバックに凹むこともある

痛みを伴くとき
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一人で生きているわけじゃないから他者との関わりの中で傷ついたり、意見の相違があったり凹むことってありますよね。

作家として作品を提供していると、時には否定的な意見だったり、辛辣なフィードバックがあったり。

それはお客さんに限らず、身近な人からの心ない言葉であったり。

 

人から認められることを気にして生きていると、他人の評価で一喜一憂して心が疲れてしまいます。

心ない言葉を言っている人は、あなたの人生に起こった出来事の責任を取ってくれるわけじゃないし、他者からの評価が全て真実とは限りません。

いつまでも気にする必要もないんですよね。

と、言っても気になってしまう。腹立たしい事だってある。

 

評価基準を自分自身に持っている人はあんまり他者からの評価を気にしません。

変えられないことに執着するのは、エネルギーの無駄遣いです」叶恭子さんの言葉です。

 

他者が何を言おうとその事実は変えられないけど、唯一変えられるものがあります。

それは自分自身。

出来事は変えられないにしても、自分自身の捉え方は変えることが出来ます。

 

「あの人が悪い。わたしは悪くない。腹がたつ。事実じゃないのに。」とずっと執着して自己正義を主張して人のせいにするのも捉え方。

「こういう風に捉える人もいるのね。いい勉強になった。この経験を次に活かそう」と学びとして活かすのも捉え方。

 

人はそれぞれの「正義」があって、見方を変えてみると、それぞれにとって「正しい」んだよね。

物毎を見る位置を、180度変えたら全く違う捉え方が出来るんだ。

 

 

腹がたったり、どうしようもなく理不尽に感じたりすることはあります。

でも、一瞬大きく呼吸をして「素晴らしい」と唱えてみよう。

そして続けて「なぜかというと・・」と自問してみるといいよ。

 

どんなことも「素晴らしい。なぜかというと・・・」と自問し続けていると、あなたの脳がものごとの良い面を探してくれるから。

 

自己正義を主張するために頑なになるのって本当に何の役にも立たないんだ。

「ブレない」在り方って自分自身の考え方や物の見方を頑なに固持することではないんだよね。

自分の信念のためであれば柔軟に180度違う考え方や方法を取り入れることが出来るのがブレない在り方なんじゃないかな。

否定的な意見も、辛辣なフィードバックがあったとしても、「いい機会」と捉えると、なにより自分自身が成長するもの。

 

 

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