近づき過ぎるから「ストレス」になる。ならば自分から離れてみる。

ちょっと離れてみる
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誰もが認められたいイキモノなんだ。


「愛の反対は憎しみではなく無関心」

マザーテレサの言葉だとか、いや違うとか諸説ありますが・・・

そもそも「好き」と「愛情」と「愛」は違うものだけど

いずれにしても、やっぱり「無関心」って「愛」の対局にあるもののような気がします。


「嫌い」とか「憎しみ」って、「認識」という前提があるからこそ。

「認識」していなければ「嫌い」にもならないし、憎しみも生まれない。

少なくとも関心を持っているから「嫌い」になったり、「憎む」になったりするもんね。


よくいう「アンチ」って、多大なる関心を持っているひとたちのことだよね。

今読んでいる本「アルフレッド・アドラー 人生に革命が起きる100の言葉」の中に

「人は正しいことをして注目されないと時に「負の注目」を集めようとする。それに失敗すると今度は自分の無能さを見せつけるようになる。」

って書いてあるんです。


人間の行動のひとつひとつって、

誰かに認められたい。

自分は特別な存在なんだ。

って示したいというのが大前提に在るような気がします。大なり小なり。


マズローの5段階欲求でも、4段階目の欲求は「承認欲求」

今この時代では、その前の段階の欲求は満たされている人が多いから「承認欲求」を満たしたいのかも。


自慢話をしたがる人も、

人を貶めて自分を優位に立とうとするのも、

やたらと周りの世話を焼きたがるのも、

お店に行って店員に土下座をさせたがるクレーマーも、

ネットで炎上させるのが好きな人たちも、


根本は他者に認められたい。

関心を持ってもらうためにあの手この手と手法を変えているんだな~。

周りと比較して自分は特別な存在なんだ。って示したい。

外を向いているから、認められたいんだと思う。


この中にいると、人間関係で煩わしさを感じてストレスもたまることあるよね。

合せようとするからストレスがたまる。

起きてることに反応するから解決しない。

表面的なものばかり拾うから「イラっ」としたり振り回されたりする。

そういうの一切やめて、自分の内側で感じていることに目を向け始めると、だんだんその煩わしさから抜け出すことができるようになる。


一歩抜け出して俯瞰してみると、な~んだみんな認められたいんだ~って眺めてられる。

ちょっと引いて見ると現実って見えかたが変わってくる。


「俯瞰してみる」と言われても最中にいるとそんな簡単にできないものです。

ちょっと引いて見るのにこの本「珍獣図鑑」も役だててみてください。

クレーマーのトリセツではあるけど、日常のちょっとめんどい人間関係を俯瞰するのに役に立つと思います。


近づきすぎるから見えないものも離れてみると「な~んだ!」って気がつく。

自分が立つ位置が変わると、周りの状況に振り回されることが少なくなります。

周りを変えようとしても変わらない。

自分が変わると現実が変わり始める。



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